毎年この頃になると、ある猫のことを思い出します。興味のない方はごめんなさい。
7~8年前のことになるでしょうか、事務所付近で1匹の猫を見掛けるようになりました。
ある日の夕方、この猫を近所の公園へ放って、ライトバンが走り去る様子をご近所の方が目撃していました。
白黒模様のガリガリにやせ細ったこの猫はとても人懐こく、適当な名前で呼んでみると、なんと「ニャー」と返事をしてこちらへやってくるのです。
いけないとは思いながら、近くのドラッグストアへ慌ててご飯を買いに走りました。
この辺りの工場地帯ではゴミをあさってもごちそうは出てこないでしょうから、よほどお腹を空かしていたのでしょう。ものすごい勢いで一気にたいらげました。
顔を覗いてみると、心なしか満足気で嬉しそうに見えました。
その日限りのお付き合いだろうと思って特別気にも止めませんでしたが、この日を境に猫はちょくちょく事務所へ遊びにやって来るようになりました。
このガリガリの小さな猫は警戒心がなく、あまりにも人懐こいので皆に可愛がられ、いつの間にか社員たちが「トムちゃん」と名前をつけて、ご飯を用意するようになりました。
それまで誰も猫を飼ったことが無かった為、適当なものです。
ある日、トムちゃんのお腹が大きいことに気付きました。
身体はガツガツなのに、お腹だけ異様に出ているのです。
虫でもいるのかと思いましたが、日に日に大きくなるお腹に子供を宿しているのではないかと思うようになりました。
予感は的中しました。
事務所1階の倉庫の隅で、トムちゃんは6匹の子猫を出産しました。
人間が覗き込んでも威嚇もしません。
猛暑で蒸しかえる倉庫の隅で、子猫たちに懸命に乳を与えるトムちゃんは「見て!」というような幸せな様子でした。
子猫たちもおっぱいをたくさん飲み、手のひらサイズまで成長しました。
ある朝、いつものように出勤してごはんを用意すると、トムちゃんがいません。
散歩にでも出掛けたのだろうと思っていると、近所のオジサンが「あの猫、道で車にひかれていたから保健所に連絡しといた」と……
信じられず呆然とした気持ちでいましたが、その日の夜も次の日も、2度とトムちゃんが戻ることはありませんでした。
6匹の子猫を前にして、頭を抱える日々が始まりました。
このまま成長して歩き回るようになれば、外へ出て死んでしまう……事務所は夜は無人だし、自宅はペット不可だし……
子猫たちに里親様を募集することになりました。
60以上あったインターネットの里親掲示板には全て載せ、何軒もの動物病院にポスターを貼りました。
避妊手術も知らず、トムちゃんを家へ招き入れてあげることも出来ずに事故死させてしまった不甲斐なさと、トムちゃんはどれほど後ろ髪を引かれる思いで天国へ旅立たねばならなかったのだろうと考えたら、この6匹の子猫たちには何としてでも幸せになってもらわなければなりませんでした。
成長していく猫を尻目に、お申し出を断る日が続きました。おかしな人からの問い合わせも結構あるからです。
そんなこんなで2か月ほど掛かりましたが、これ以上ない素晴らしい里親様に恵まれ、全員事務所を旅立っていきました。
ノミだらけでグレーに薄汚れた子猫たちだったのが見違えるほどに手入れされ、立派に成長した姿を年賀状にして送ってくださるご夫婦がいらっしゃいます。
「長いこと連絡しなくてごめんなさい」と写真とお手紙をくださる方も。
トムちゃん以下社員一同、こんなに嬉しい事はありません。
今日9月16日はトムちゃんの命日です。
毎年、お線香とお花を事務所に供え、手を合わせます。
トムちゃん、本当にありがとうね。安らかに眠ってくださいね。(上の画像は実際のトムちゃんと6匹の子猫たちです)